「だぁれ」


扉の向こうからは当然ながらスカーレルの声がした。
その声を聞くだけで全身に震える。
扉を開けるまではどんなに震えてもかまはない。
けれども、声にはそれを出してはいけない。
そう思うとなかなか声は出なかった。
また、スカーレルが誰、と繰り返したずねる。
それを機に、一息置いて、答えた。


「私です」


声は震えなかった。
そのはず、なのに…返事はなかった。
息が詰まるのを感じ、出直そうと踵を返そうとしたとき、タイミングよく。


「どうぞ」


そう扉の向こう側から声は小さめではあるが返事がきた。


「失礼します」


変な間が空いたことに戸惑いながらも、アティは戸を押した。
スカーレルは椅子に腰を掛けていた。
どうやら寝ていたわけではなさそうだ。
それをよかったと思いながらも部屋の中が妙にきれいになっていることに気づく。
前から酒以外は必要最低限の物しか置かれていなかったスカーレルの部屋だったがアティよりも前から住んでいただけはあって生活感は一応あった部屋だった。
だが、今は生活臭が消えていた。
続けてベッドの上のトランクに気づく。
本当に出ていくのだと実感がわいてくる。
元からほとんど何もない部屋だったが、こうやって本当に空っぽになるとスカーレルの私物もあったんだなと思った。
寂しいと悲しいとか感情はぽつぽつと湧いては消える。
なんだか心に穴が開いたようだった。


呆然としていると戸を閉めるように促され戸を閉める。
それが会話のとっかかりとなった。


「センセ…こんな夜中にどうしたの」


わかっているくせにと心の中で悪態をつく。
スカーレルといるといつもそうだ。
鋭いのにわからない振りをする。
そのことにいらいらさせられるのが常だ。
でも、今日はむしろスカーレルの「いつも通り」の態度に安心した。
今日だけとびきりに優しかったり、違っていたりしたら多分何も言えなかった。
何にも言えずにただ泣くだけだっただろう。
意を決してスカーレルの目を見る。
静かにこちらを見る目は嫌でも決意を感じさせられる。
止めるつもりはないのに、留まってくれないんだと自覚させられて心の中に穴があいたような気がした。
足がどうしても震える。
とめられない。
けれども、聞かなくてはならない。


「スカーレルに聞きたいことがあったんです」


スカーレルは何も言わない。
言葉の続きをただ待っている。
促してほしいときは促してくれる、促してほしくないときは促してこない。
こういうところが好きだ。
けれど、何もかも見とおされているようで少し怖くもある。


「スカーレルは…」


私のことどう思っていますか。
そう、聞きたい。
けれども聞きたくない。
言いたいけれど言いたくない。
そして、多分…いや、絶対に言わせてもらえない。
だから今はただ、答えてほしい。
「そうだ」って。


「スカーレルは帰ってきますよね」


帰ってくるよって言ってほしい。
今は「好き」や「愛してる」よりその言葉が聞きたい。


…。
全身の震えは止まっていた。






BACK /NEXT







09.05.09