けれども、どうしてもむぎには葵が犯罪を犯した者の様な気がしなかった。
彼の顔は犯罪を犯したのにどうしてそんな風に柔らかなのだろう…。
「どうしてなんですか?」
「え?」
葵が振り返ってこちらを見る。
「あ」
口に出してしまっていたらしい。
葵はふっと笑ってわからないところがありましたかなんて聞く。
疲れた顔ではあるけれど、優しい笑顔であった。
「あの…すいません。独り言です」
恥かしくて、恥ずかしくて…本当は優しい顔に反応した部分もあるけれども、それに目隠しをするためでもあったのかもしれないけれども…顔がひどく熱くて何だか息苦しくて、
ただ俯いた。
上から来る声はだからその分、顔を見れない分だけ大きく響いた。
「フフ…君は独り言が多いですね」
人間は五感のどれか一つでも失うと他の感覚が敏感になるというのを聞いたことがあるけれども…本当にそうだと思った。
声が響くのだ。
いつもの落ち着いた笑い声も、ちょっとした言葉のアクセントにも不思議な魔法のかかった物質が含まれているみたいに心地よい。
そして…優しく、甘く、耳を通らず直接脳に届いたみたいにそれは大きな心地よさ。
けれども、それには痛みも伴っていて…
ただの一言で涙が出そうになった。
でも、泣いてはいけないので唇をかみ締め、耐えた。
疲れた顔をした葵をこれ以上、心配させたくなかったからだ。
ただ、むぎは気付いていなかった。
泣いて"疑われる"ことよりも"心配させたくない"という気持ちが出ること自体が"好き"だという証拠だということに。
「疲れましたか?それではすこし早いけれども休憩にしましょうか」
…涙がとどまった直後にこれはない。
先程よりもっと優しい声。
そんな声で優しい言葉を言われると止まったはずの涙が溢れてくるではないか。
優しさは、ただ人の心に暖かさだけ残してくれるものだと思っていたのに…
今は恨めしいくらいだとむぎは思った。
「東條理事長…は、優しいですね」
ひざの方を見つめながら言う。
スカートにはまだ染みは出来ていない。
まだ、泣いていない。
涙の後はないのだから。
その事実に安堵しながら言葉を紡ぐ。
先も読まず、ただ気持ちを言葉にむぎは口にした。
葵の顔を見れば言えなくなってしまうとわかっていたから、顔は見ずに。
「でも、その優しさは痛いです」
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06.06.09