「葵さん…」
葵はむぎがどうして悲しんでいるかわからないと言ったけれど、”桜飴”なんていうものを買ってくることを考えるとわかっていたのかも知れない。
ただ、むぎが”季節限定品”というものに弱いのを知っていたからと考えることも出来たが、そうではない気がした。
それに、そう考えたほうがずっとこのプレゼントは嬉しいものになるのだから…
「気に入りませんか?」
葵はそっと顔を覗きながらたずねる。
その顔があんまりにも優しくて言葉に詰まった。
言葉を発しようと大きく息を吸えば、雨のにおいが広がって…
ただ、先ほどまで悲しいと思っていた雨のにおいが何故か心地よくって、何だか自分はえらく現金なんだなとむぎは思った。
「ただ、落ちるだけじゃない、ちゃんと種を…子を残さなくても必要とされているんですね」
桜、ソメイヨシノは自分で子孫を残すことが出来ない。
ゆえ、ソメイヨシノはすべてクローンであり、兄弟も親もいない。
そんな花は自分よりずっと孤独であり、切なかった。
一年に一回咲くことだけがまるで彼らのすべてである気がした、していた。
なんとなく、また、桜が見たくなって窓辺に立つと後ろからむぎは抱きしめられる。
「ちゃんと必要とされていますよ。桜も…君も」
そう言われると、期待は確信に変わる。
やはり、葵はわかっていたのだ。
桜が雨で落とされているのが悲しいと思っていたことを。
それをたずねると
「なんのことですか?」
なんて返されてしまった。
半笑いで返されても説得力に欠ける。
というか、むしろ更に確信してしまう。
わざわざ雨の中、むぎを励ますためにこの飴を買ってきてくれただけで嬉しいから、たとえ少しくらいとぼけさせておいてもいいかもしれない。
「まあ、いいですけれど…」
また、桜を見ると桜雨もなかなか幻想的だった。
「桜は孤独だなんて言っていたけれど、クローンってことは双子って考えられませんか?」
とぼけておいてまだ言うか、ともむぎは思ったけれどもそういう考えた方もあるのだなと驚いた。
そう思うと彼らは世界一幸せな気さえした。
彼らに恨み言さえ言いたくなった…言いたくなったけれど。
でも、今は何も言わずただ、桜に浸る。
もう、暗くなっているけれど、街灯の近くに咲いている桜は見えなくなることはなかった。
「綺麗ですね」
むぎは気付くとそう呟いていた。
それにそうですね、と同意しながら葵は思いついたように言った。
「あ…約束、守れましたね」
「え?」
「桜見しているじゃないですか、今」
雨に桜は落とされていく桜をもう一度見た。
そこに浮かんでくる感情に”悲しさ”はなかった。
むしろ、それとは反対の感情が溢れてくる…
むぎはもう二度と桜を見ても悲しい気持ちにはならないだろうと葵の温もりを感じながら思った。
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06.05.27