体がそっと離れた。
葵はむぎの顔を見ず部屋を出て行く。
たった一言だけ残して。


「少し、出かけてきます」


そんな端的な言葉。
葵らしいと言えば葵らしいのだが、そういうところがむぎを不安にさせているのだ。
このままもう、戻ってこないのではないかと、不安になってしまう。
むしろ、ここは夢の中で、現実では葵と再会出来ずにただ一人きりで生きているのではないかとか、そんな風にさえ思えるのだ。
葵の髪の毛が一本、色素の薄い毛が服に付いているのを見てここが現実であるとむぎは思えた。
ここは夢でなく現実である。
けれども、急に出かけたことが現実ということになるのである。
ほら、
このまま消えてしまうのでは、と考えてしまうのはいつも自分の方であるとむぎは思った。


桜はただ、落ちる。
それを眺めるたび、むぎは胸が痛くなった。
時間の流れは空の色で経ったことではじめて感じた。
もう、かなり時間は経ち、夕暮れどきなのだとわかった。


葵が出かけもう、どれくらいになっただろうか。


玄関の方から音がした。


無意識にむぎは走っていた。
そして、葵の姿を見るなり抱きついた。


「…葵さんっ」


むぎは、ただ、しがみついた。
すがりつくように…


"おかえりなさい"と言う為に上を向くと葵は驚いた顔をしていた。
泣いていると思っていたらしい。
むぎは泣いたりはしていなかった。
もう、こんなことでは泣かなくなっていた。
寂しさに慣れてしまったから。


「おかえりなさい」


「ただいま」


そっと、ただ、むぎは現実を確かめるように、抱きしめる手に力を入れた。


目をつぶって葵を感じた。
鼓動や温もりや息遣いやにおいを。
そこでやっと葵が葵であり、自分の傍にいるのだと思えた。
何度も、何度も、同じ様な夢を見たから…むぎはこうしないと本当の意味で葵だとは信じることができなくなっていた。


すこし、余裕を取り戻してきて、何かがすれる音にむぎは気付いた。


何の音かと思えば葵の手には小さな紙袋があった。
袋の装丁からして、和菓子のようではあるが…。


「これは?」


葵は意味ありげに微笑む。
そして、

袋の中から取り出したものは…


飴であった。


「飴?」


綺麗な薄ピンクの飴が葵の手にあった。
綺麗だが、これがどうしたのだと言うのだろう。


「その飴の中にはこれが入っているんです」


そう言って取り出したのは、小さな桜のつぼみだった。


「え?」


「季節限定品。天候は操れないですから…せめてもの償いに。君が何かに悲しんでいるのかわからない、償いに」









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まだ続きます…


06.04.30