「実はね…」そんな言葉からはじまった親友の告白。
その話を聞き終えたときの胸の音を生涯私は忘れる事が出来ないだろう。
□事情□
卒業旅行をしようとクラスで話題になったとき、この中に香穂子はいないんだなと思うと少しさみしく感じた。
彼女は二年生の終わり仲良くなって、そしてすぐに彼女は音楽科に編入した。
彼女は見る見るうちに頭角をあらわしただでさえ前コンクールで知れた名をさらに広めた。
もう、『世界の違う人』になってしまったと思ったが、会うたびに声をかけ、屈託なく話す香穂子は以前と何一つ変わっていなくて嬉しかった。
こんな彼女だからこそ、あんなにも素敵な音をつくりだすのだなとこのとき気づいた。
しかし、卒業をまじかに控える一月、彼女の音は変わった。
そのことを指摘すると俯いてただ、頷く彼女。
言いたくないなら言わなくてもいい。
けれど辛かったらいつでも呼び出してくれてかまわない。
そんな言葉をかけるとありがとうと泣きそうになって言う彼女。
天羽ちゃんは優しい、親友だという彼女。
親友と言ってくれたことがうれしい半面、やさしいという言葉が耳ざわりだった。
本当は優しくない…だってああいう風にいえば香穂子ならば話してくれるだろうと思い、放った言葉であったから。
しかし、結局彼女は話はしなかった。ただ、時が来れば話す。とこちらの目をまっすぐ見て言った。
ただ、約束通り何も言わずそばにいると、香穂子はぼやかしながらもいろいろと相談してきた。
例えば、卒業するとあまり会えなくなるだとか、自分は学生でなくなるなら相手は自分をわずらわしく思ったりしないだろうかとか、手もつないだことも告白されたこともないのに両想いなんて自分の勝手な勘違いではないんだろうかとか、可愛い恋の悩みを聞かされた。
端々にその相手と香穂子の関係が見えて、それゆえ相手も天羽にはわかった…いや、わかったつもりだった。
そのとき、相手を自分が勘違いしてるとは思ってもみなかった。
卒業式は厳かに行われ、証書は革制の筒にしまう。
しかし、肝心の証書は画用紙と何ら変わりなく、ただそれらしい文字が並んでいるだけだった。
こんな紙一枚が三年間学園にいた証明だなんて不思議だ。
「天羽ちゃん…!!」
走って香穂子がやって来た。
天羽のいた場所は普通科の人間ばかりだったため、香穂子の白いブレザーが太陽に照らされ目立っていた。
なんだか見えない線が引かれている、普通科と音楽科の境界線をあっさり彼女は越えてきてその姿は眩しかった。
「待たせてごめん」
卒業式が終わってすぐ、メールが入った。
少し用事があるから待っていてほしいという内容だった。
香穂子は今日、話すと言っていたためなかなかに驚いた。
だって彼女はあまり人を待たせるのを嫌うからだ。
きっとその用事は彼女の悩みと関係があると天羽は思った。
メールから五十八分後、とうとう約束のときは来た。
少し汗ばんでいるその様子を見るにかなり急いだのだろう。
すまなさそうに眉を八の字にする香穂子は決して誠意が見られないなんてことはないのに、どこか吹っ切れたような、喜びに満ちたような顔をしていた。
卒業前の不安げに揺れていた瞳が嘘のように、眼には希望があふれていた。
うまくいったのだとわかり安堵で胸がいっぱいになった。
「いや、気にしないで。じゃあ…屋上行こうか」
すぐに聞きたいところだが、周りに人はいるし、天羽は屋上に香穂子を促し、香穂子もそれに従った。
屋上につくなり、香穂子は仰々しく礼を述べた。ピンといつも伸びた背が今は九十度に曲がっていた。
「天羽ちゃん…待っていてくれてありがとう」
「……」
否定の言葉か何かを言おうとしたが、それは必要ないと思い何も言わなかった。
このありがとうは「気にしないで」や「どういたしましまして」では受け止められないような思いが込められていると感じたからだ。
香穂子が顔を上げて、私も香穂子もなんだか笑ってしまった。
どうしてこんなに香穂子はいい子なんだろうと天羽は思った。
長い話になるからと香穂子は腰を下ろし、天羽も香穂子の隣に座った。
座ってからしばらく、何も香穂子は言わなかった。
じっとフェンス越しの街を見ていた。香穂子はまだ何か悩んでいるようで、けれど危うさはなかった。
香穂子が何度も小さく息をした。
ため息かもしれないし、深呼吸かもしれないが息が感じられて緊張しているんだとわかった。
じんわりと少しずつ手や足や冷えてきて時間がどれくらい経ったのかなと思う。
香穂子の方を窺うが髪で顔が見えなかった。
でも、香穂子はこちらが見たのに気付いたようで大きく呼吸をした。
「実はね…さっきまで金澤先生といたの。ずっとこれからのことを話してた」
香穂子は小さく呟くように言って、俯いた。
顔は風のせいで揺れている髪のせいでわからないけれど、口元だけが見える。
口元は嬉しそうに弧を描いていた。
「……え…」
鈍い人なら気付かなかったのかもしれない。
けれど、自分は報道の道を進もうとしている、そう、未熟ながらも人の感情を読むよう、言葉の意味を理解しようとしてきた者。
しかも相手はよく知った友人。
わからないはずがなかった。
むしろわからなかったのは妙に響く鼓動と、崩れ落ちそうになる程動揺している自分だった。
それでも崩れ落ちたりせず、動揺をある程度で抑えられたのはやはり、普段の部活動や、将来のため勉強している成果だろう。
香穂子はこちらを見てはにかみながら話を続ける。
「わかる…よね。言葉にすると恥ずかしいからちゃんとは言えないけど…」
香穂子はみるみる赤くなった。香穂子は今まであったすべてを話してくれた。
耳まで真っ赤になった香穂子は可愛らしくてだから、何も言えなくなった。
あんまり、嘘を吐くのは好きじゃないけれど、喉の奥の方が悲鳴を上げているけれど、笑顔をつくって一言。
「おめでとう」
ありがとうと答える香穂子の朗らかな笑顔を見て、もう何も言うまいと思う。
この恋心は鍵を閉めて心の底に沈めてしまおう。
けれども。
「なら、今いるのはここじゃないでしょう。ほら、行った行った」
香穂子を金澤の元へ促す。
香穂子ははにかみながら、いってきますと言い、屋上を出て行った。
鉄製の戸が嫌な音をたてて閉まった。
その瞬間、涙が石畳の上にぽつぽつと落ちた。
金澤が自分のことを好いていたとは露ほども思わないし、告白してもきっと断られていただろう。
けれど、今日、告白しようと決めていた。
『先生と生徒』という立場から一歩進んで、少しずつでいいから距離を縮めようと思っていた。
けれど、もう言えないのだ。
消化不良のまま、この想いは消していかなくてはならない。
親友にも話さず、ひとりでゆっくりと。
そして、ときどきは親友から惚気を聞いて、それで笑わなくてはならない。
いつか、出来るようになるのだろうか。
今は想像も出来ないけれど、きっとできるようになるのだろう。
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どうか、でも今はまだ、涙を流させて下さい。
感情が混ぜこぜになりながらも泣いた。
今日、涙する覚悟はあった。
けれどその覚悟は失恋に対する悲しみの涙ではなかった。
香穂子の言えなかった事情が取って代わって天羽の言えない事情に変わったときであった。
365 Themes 1-100/NOVEL
お題にもっていくの無理やりすぎましたね…反省。それと天羽ちゃんの下の名前「菜美」ちゃんっていうのがどうしても馴染まなくて地の文まで天羽にしちゃったのも反省…
08.09.24