こっちを向いてなんて言わない。
どうか、お願いだから上を向いて。
□上を向いて□
最近見かける彼女、鈴原むぎはいつもいつも俯いている。
どうして、何故って聞きたいけれどそんな言葉をかけるのはさすがに躊躇われる。
それに、本当はどうしてかなんてわかっている。
東條理事長のこと。
そして、最近頻繁に会っている御堂一哉のせい。
彼女は結局こちらを見ない。
自分を『そういう対象』で見てくれない。
そういう対象として意識させることも出来るけれどこれ以上彼女を混乱させたくない。
彼女はもうどう見ても精一杯なのだから。
だから瀬伊は傍観者として見守ることに決めた。
一哉は自分からみてもおおよそ欠点の見つからない男である。
彼女はきっと一哉と一緒になれば幸せになれるだろう。
それはきっと彼女もわかっている。
けれど、むぎは一哉を選びかねている。
東條理事長のことを未だ忘れられないのだろう。
俯きがちな彼女が顔をあげていると思ったら、教会を何をするでもなく見つめていた。
しばらくじっと見つめていて、チャイムの音で我に返ったように俯いて歩き出す。
ずっと見ていた瀬伊に気づかないまま、少し早足で。
そんなことがあってから、瀬伊は気が向けば教会へ足を向ける。
彼女と遭遇するのは稀だが、いるときはいる。
やはりじっと押し黙って教会を見つめているむぎ。
理事長にゆかりのある場所なのは瀬伊にもわかっていた。
何を考えてここに来るのか、ここで教会をなぜ見つめ続けるのか。
それは瀬伊にはわからない。
もしかしたら、見つめている本人さえわからないかもしれない。
自分と同じように、足が勝手に向かうだけなのかもしれない。
まあ、大元の理由はきっと瀬伊とおなじ。
瀬伊がむぎを見に来るのと、むぎは教会を見に来る理由は同じだろう。
だから、彼女の幸せは一哉とともにいることかどうかわからない。
もしかしたら、ずっとこのままの方がいいのかもしれない。
理事長を愛するまま、一哉とともにいるなんてきっと辛いだろうから。
彼女は教会を見るときだけまっすぐ上を向いている。
それが、答えなんじゃないかと思う。
まあ、わからないけれど。
彼女にはまっすぐ前を見つめ続けてほしい。
姉の失踪事件のときのように。
出会う前は両親の死や姉の突然の失踪を嘆いていたのかもしれない。
俯いて涙を流したかもしれないし、状況のめまぐるしい変化に呆然としていたのかもしれない。
けれど、彼女は…出会ったときの彼女は前を見つめていた。
顔をあげて上を向いていた。
だから彼女はきっとまた立ち直る、元気になる。
そう、信じている。
むぎは今日も瀬伊に気づかず一心に教会を見つめている。
姉が行方知れずになったときのように行動を起こすか、それとも教会ではなく一哉を見つめるようになるか。
どちらでもいいから幸せであればいいと瀬伊は思った。
どちらでもいいから上を向いてよ、と。
365 Themes 1-100/NOVEL
瀬伊は切ないのが似合うと思います。
09.05.13